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2025/05/10

ロックンロールビーバー 2















「佳主馬兄は車買わないの?」
「うーん、東京じゃ乗る機会なさそうだし」
「もし買ったら真緒も乗せてね」
「いいよ」
翔太の車に乗り込んで、慣れているはずの車に真緒ははしゃいでいる。どうしてあげたらいいのかわからない。自分なら、どうされたいだろうか。告げてもいない思いを先取りして否定されるのか、知らないふりを続けられるか。どっちにしたって後味が悪いことに違いはない。青信号を見てアクセルを踏む。
駐車場に車を入れて、先に佳主馬の用を済ませるために駅前に出た。雑貨屋を見つけた真緒をそこに残して銀行へ向かう。駅前もずいぶん変わった。何もないところだと思っていたのに、来るたびに何かが増えている。
真緒を迎えに行くと、男に話しかけられて困った顔をしていた。慌てて駆け寄り、真緒の手を取る。

「佳主馬兄!」
「行こう」
「あっ、違うの!」
「おいおい佳主馬、それは冷たいんじゃねぇの?」
「は?……あ」

侘助だ。肩の力を抜いて溜息をつく。

「紛らわしいことしないでよ」
「何もしてないだろうが」

メールを交わしたりはしたが、会うのは6年ぶりだ。万里子が言うには親戚の帰ってこないような時期に顔を出すことはあったらしいが、長期休みの時にしか長野へ来ない佳主馬はずっと顔を見ていなかった。老けたな、と思う。細い体は相変わらず衣服で隠れているが、手の甲や首筋に6年前とは違う衰えが見える。しかし力強さも感じ、血は繋がっていないはずだが栄を思わせた。昔と変わらないひねくれた笑みを浮かべ、誰と来てんだ、と涼しげな声で聞いた。ふたりだよ、と簡単に答える。

「じゃあバスか」
「車だけど」
「は?運転手は?」
「僕」
「……ああ!そっか、お前もうそんな年!?」

佳主馬を上から下まで眺め、侘助は周りの目を集めるほどの声で笑う。佳主馬だって親戚の年をみんな覚えているわけではないが、ここまで笑われる理由はない。睨んで返すと茶化される。きっと彼の中では自分はまだ中学生なのだろう。

「まあまあ。じゃあ帰り俺も乗せろよ」

佳主馬が返すより早く、隣で真緒がわずかに揺れる。手を取ったままだったのを思い出した。

「おじさんタクシー代も持ってないの」
「……あーはいはい、わかりましたわかりました。横着せず上田に金落として帰ります」

察しのいい男は体を返して離れていく。やはりこの人は信用できそうにない。

「……びっくりしたー!」
「着くの夜だと思ってた」
「真緒も!侘助おじさんってあんな顔だったっけ?」
「老けたね。……何か欲しいものあった?」
「あ、えーとね、服見たい!」
「行こうか」

踵を返し、さりげなく手を離す。そのとき初めて真緒がはっとして、気まずそうに唇を噛んだ。

幸せになってほしいと願う。不毛な恋は忘れて。そもそもそんな恋をしているということに気づいていないのだから勝手な話だ。もしかしたら昔の自分も、健二からはこんな風に見えていたのかもしれない。思い返せば恥ずかしくなるような行為もあった。恋って愚かだよなぁ、何気なく呟いて友人に心配されたことを思い出す。こんな思いを、故意に忘れなかったのは自分だ。
恋を。――もっと、うまくできると思っていた。不器用な初恋は6年間にも及び、依然として佳主馬に寄生する。恋が自分にもたらしたのは、いびつな成長だった。


*


アメリカ土産の「高いおもちゃ」で子どもたちを手なづけ、侘助はちゃっかり上座におさまっていた。万里子がいい顔をしなかったが、関わるのも煩わしいのか子どもの相手を任せている。

「ねーこれちょうだい!」
「バカか、中学生には早いおもちゃだよ」
「佳主馬兄だってノーパソ持ってたじゃん!」
「僕は自分で手に入れたの」

飲み物のペットボトルとグラスを突き出す。真悟たちも手伝わないと投げ飛ばすよ!と脅すと慌てて立ち上がり、台所へ飛んでいく。夕食はもうほとんど完成しており、あとは運んでくるだけだ。
解放された侘助に、健二がビールを手に近づいてきた。よう婿殿、侘助の言葉に苦笑しながら隣に膝をつく。注がれたビールに侘助は素直に口をつけた。

「会うのはお久しぶりですね。先日はありがとうございました」
「何かあったの?」
「探してた論文見つけてもらったんだ」
「使えるもんは親戚のコネでもカネでも使っとけ。そのついでに結婚報告するってのはいくらなんでも横着だがな」
「いや、夏希さんがもう伝えてると思ってて……」

侘助が健二にグラスを渡した。注ぎ返されて健二の背中が曲がる。直すと言っていた猫背はもう何年も変わらない。

「あいつも婆ちゃんに似てつえーからな。ま、せいぜい尻に敷かれねぇようがんばんな」
「それはもう無理じゃない?」
「あはは……」
「そうだ佳主馬、入金済んだか?」
「……うん」

このタイミングで話題に出すのは、狙ってやったのだろうか。溜息混じりに応えても侘助のリアクションに乱れはない。

「東京に寄るとこあるんだ。明日出発で大丈夫だな」
「前言ってた人のとこだよね、わかってる。僕も残りの荷物取りに行くから早めに出たいし」
「佳主馬くん帰っちゃうの?」
「帰る。それで、このおっさんとアメリカ行くんだ」
「え?」
「使えるコネはこき使おうと思って。この人がくたばる前にね」

健二がぽかんと口を開けたままフリーズする。思った通り、母親は話していないようだ。それもそうだ、昔から健二にべったりだったのだから、とっくに伝えていると思うだろう。

「声は前からかかってたんだけど、あっちの大学にはあんまり興味なかったし。詳しく決まってないけど、1年もいないと思うよ」
「そ、そうなんだ、すごいね!もー、早く言ってよ!」

取り繕ってはいるが困惑が見える。この人も大人になっちゃったなぁ、とどこか感慨深く、汗を浮かせた額を見た。視線を外されていることに健二が焦っている。おっと内緒だったか、侘助がおどけた。白々しい。

「佳主馬ぁ!」
「はーい」

祖父の呼び声に立ち上がる。庭でイカを焼いていたはずだ。縁側では了平がすでにイカを肴に始めている。
大皿を手に縁側を降りて、金網の前で全身汗だくになっている万助に近づいた。

「おう、これ持ってけ」
「うん。――じいちゃん、僕明日帰るね。そのまま行くよ」
「そうか。ま、安心しろ、かわいい妹は俺がビシバシ鍛えとく。そんじょそこらの男なんか寄せつけないぐらいにな」
「そんなに長くないとは思うけど」
「ちゃんとすっきりして帰ってこい」
「……うーん、どうかなぁ……」

珍しく煮え切らない佳主馬に万助が苦笑した。イカを載せてずっしりと重みを増した皿を持って戻る。食卓はにぎやかになり、ちょうど玄関からも帰宅の声がする。

「了平兄何飲んでんの?」
「芋」
「おっさん」
「うめーんだよこれ!」
「これ理一さんのじゃないの?」

皿を置いて空いた手に酒が突き出される。受け取ってひと口含むが、すぐに顔をしかめて了平へ返した。ガキだなぁ、けらけら笑う了平を睨む。

「酒の味がわかる18歳もいやでしょ」
「……あれ、18だっけ?」
「そうだよ」
「すっげー18だなオイ」
「……18で世界救っちゃった女神がうちにいるじゃん」
「俺だって17で偉業を成し遂げてるんだよ」
「うんうんすごいすごい」
「腹立つなー」

苦笑しながら了平はグラスを揺らす。この話題に関しては了平はからかわれることにしている。青空に翻る旗を、栄に見せることができなかったことをまだ悔やんでいる。誰が悪かったわけでもない。敷いていうならタイミング、だ。それは誰もが知っている。

「さあ、了平もこっちいらっしゃい!ご飯よ!」
「俺イカで腹一杯なんだけどな……」

母親に呼ばれ、それでも了平は畳を這って食卓へ混ざる。昼間集まっていた遠い親戚はすでに帰っており、昔からよくある顔ばかりだ。次ここへ来るのはいつになるのだろう。
昨日と変わらない騒がしい夕食が始まり、できあがった大人たちは懲りずに健二を捕まえている。時々席を立つついでに大人たちは佳主馬の背中を叩き、何も言わずに離れた。それがなんだかくすぐったい。

「ちぇっ、俺の時はみんなして厄介者扱いしてた癖によぉ」
「当たり前じゃない!あんたと佳主馬を一緒にするんじゃないわよ」

拗ねる侘助は酒を手に縁側へ移動した。つまみを持って隣に座る。

「明日何時頃出るの?」
「あ、時刻表見てねーわ。あとで見とく」
「頼むよ?」
「信用ねぇなぁ」
「未だに信じがたいもんね、あんたが今ではOZの関係者だなんてさ」
「あの、佳主馬くん」

口を開きかけた侘助は振り返り、口角を上げて立ち上がる。佳主馬の肩を叩いて食卓に戻るのを見送り、健二を見た。

「座れば?」
「あ、うん……あのさ、アメリカって」
「まだ詳しくは言えないけど、キングカズマがほんとに僕になるかもしれないんだ」
「えっ?」
「僕のモーションをカズマにトレースするんだ。勿論僕ができる動きには限界があるけど、OMCでの実用は目的じゃない。あのね、アバターが本人と同じ行動をしたら、コミュニケーションツールとして前進すると思うんだ」
「す……すごいね!そんな企画にかかわってるんだ!」
「こればっかりは生身がないとできないからさ、僕が直接行った方が早いでしょ。企画チームあっちにあるんだ」
「そっか、すごいね佳主馬くん」
「だから僕がいない間にさっさと式挙げて子どもつくって夏希姉を幸せにしといてね」

健二がフリーズした。どうして今は酔っていないのだろう。この人が酔ってさえいれば、もう少しスムーズだろうに。

「僕が諦められるように」
「あ、っと……」
「そんな顔しないでよ。ほんとはもっと前から諦めてる」

初めからかなうと思っていない。この人に好きになってもらうことを諦めている。縁側を降りて庭に出る。このしっとりとした芝生を裸足で駆け回っていたのは何年前だろう。健二を好きになったときにはもうあの狭い納戸の主になっていた。天気はいい。
もう大分前からこれは恋ではなくなっていた。ただの執着だ。でなければ、この人に会うたびに苦しくなるはずがない。急に会いたくなって新幹線に飛び乗り、東京駅で我に返ってホームへ戻る。何度そんなことを繰り返しただろう。子どもだなぁ、鼻で笑う。アメリカへ行っても同じことをするかもしれない。
健二の心の闇を知らない。幸せな顔しか見たことがない。だから、そういうことだ。結局佳主馬はそこまでしか近づけなかった。臆病で卑怯。キングにあるまじき失態だ。欲しいと切望しながら向き合う度胸もなく、距離や過ごした時間を理由に逃げていた。

深呼吸をして振り返る。縁側に、健二が座っている。まっすぐ佳主馬を見ている。ツンと鼻が痛くなって視線を落とした。自分が出した結論に傷ついている。きっとこれからも考え、悩み続ける。それでもこの人を好きになったことを、後悔しないだろう。虫の声を聞きながら涙を拭った。












大人になれなかった子。
外堀埋めてできる限りのことはしたけど最後のひと踏ん張りができなかった子。
恋に恋をしていた子。
そんな感じ?人との関わりなら健二の方がよっぽどうまくやるよねって話ですが、この健二はいくらなんでもかずまに大してひどいよなw
健二が何を考えてるのか一切考えずにかずまだけ追求してみたらこうなった。正直健二は普通すぎてどう扱っていいのかわからんw佐久間でもいないとw
 

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2010/10/01 妄想 Trackback() Comment(0)

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