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健夏前提で果てしなく健←←←←←←佳主馬
6年後の夏です。
客間に入ると健二は忙しそうにノートパソコンのキーボードを叩いていた。そうかと思えば手元のレポート用紙に何かを殴り書きする。長野まで来て仕事か。携帯電話を片手に働く後ろ姿は、いつだかの夏を思い出させた。もうあんな速度で計算できない、彼がぼやいたのはいつだろう。もうずっと前から好きだったので、時間の感覚が麻痺している。――違う。距離が縮まらないから、時間の感覚も狂うのだ。この春佳主馬は大学へ入学した。念願だった上京を果たした。プロポーズの言葉を聞いたのは、その2ヶ月後だった。
健二の手が携帯電話を手放したのを見計らい、佳主馬は両腕に抱えていた客用の布団を健二の背中に向かって投げた。熱を内包した塊を抱いていたせいで、腕は汗ばんでいる。
悲鳴を上げて布団に押しつぶされていた健二がどうにか布団を跳ね飛ばした。まだ何に襲われたのかわかっておらず、布団を確認したあとようやく佳主馬に気づく。佳主馬くん、久しぶり。声を聞くのはそんなに久しぶりでもない。佳主馬が一足先に上田に来たのは3日前、健二は今日夏希と着いたばかりだ。院へ進んだ健二は忙しいようで、さっき顔を合わせた時、夏希も苦笑していた。大学生の生活にもまだ慣れない佳主馬には院生の忙しさはよくわからない。名古屋にいたときより会う機会はぐっと増えたが、メールやチャットの頻度は減った。健二が大学の卒論に追われていた頃に減ってから変わらない。
「健二さん、布団」
「あ、ありがとう。なんかすっごいぬくい、っていうか熱い」
「昼間十分干しといたから。広げとかないと寝るとき暑いよ」
「はは、ありがと」
布団に倒れ込んだ健二は確かに暑い、と笑う。夏の太陽の熱さを吸収した布団だ。顔を埋めたまま動かなくなったので、そばにしゃがんで覗き込む。お日様のにおいがする、小さな声は眠そうだ。
「……起きないと、」
「寝ないよ、大丈夫」
「日程ずらせばよかったのに」
「最終確認してもらうだけだから僕いらないし、どうせなら夏希さんと一緒にね」
「ふうん」
「あっ!」
がばっと体を起こしたかと思えば健二は部屋を出ていく。挨拶してなかった、廊下に残る声に溜息が漏れた。どうしてあんなに忙しい人なのだろう。わからない、もしかしたらわざとなのかもしれない。忙しくしていれば向き合う時間が減るから。考えすぎだろうか。勿論、優秀であるからこその忙しさだと知っている。
健二が忘れていった携帯が鳴った。ディスプレイには知らない名前だ。それを手に佳主馬も立ち上がり、少し迷って布団を広げておく。――今年からはこの部屋にはもう気軽に入れなくなるのかもしれない。客間と言いながら、毎年健二が使っている部屋。健二の荷物と寄り添うように置かれた夏希の荷物を視界の端に、着信の途切れた携帯を持って健二を追った。リビングへ行くと万里子と夏希がお茶をしている。健二さんは?軽く聞くと栄おばあちゃんのところ、と夏希が笑った。仏間か。
「ほんとに、健二さんはいつも忙しそうね。来たときも電話しながらだったし」
「明日でもいいって言ったんだけど、命日には、って」
「真面目な子ね。……夜がちょっと思いやられるわ」
「あははー、あたし台所にいるよ。揃ってると余計うるさくなりそう」
「今日みんな揃うの?」
「万助も夜には着くって」
「それは知ってる。そういやイカ持って帰るって、さっきメール来てた」
「恒例のイカね。佳主馬、後で網を出してきておいて。どうせまた万助が自分で焼くでしょうから」
「うん」
働く男手がまだ集まらないので、ここへ来てから佳主馬はこき使われている。佳主馬にしてみれば大変な仕事は何もないし、元より暇だから構わない。台所の手伝いや子守に呼ばれるよりよっぽどましだ。
夏希は昔から変わらない。家中を明るくし、陣内家の男はみな夏希に初恋を捧げるとまで言う人もいた。きっと佳主馬もそうだった。この人のことはきっと嫌いにならない。その手に光る指輪を見ても、胸に浮かぶのは甘い切なさだ。
「……夏希姉、健二さんと一緒に大ばあちゃんに報告しなくていいの?」
「へっ?いや、あたしはもうしたし」
「横着したら怒られるよ」
「……そう、かもね。ちょっと行ってくる」
「これ健二さんに渡しといて。さっき鳴ってたから」
「りょーかい」
夏希の背中を見送りながら、どうして渡してしまったのかを考える。自分が健二を避けているのかもしれない。幸せそうな顔を見たくなくて。
「遂に結婚するのねぇ」
「……今更って感じだけどね。師匠なんかまだだったのか、なんて言ってたし」
「翔太がうるさいのよ」
「まだ言ってんの?彼女いるくせに」
「あら、そうなの?」
「できたばっかだよ。裏行ってくる」
「お願いね。さて、私も」
この家の人間は老いを知らないのだろうか。万里子の伸びた背中に栄を重ねる。自分の祖父も流石に毎日船に乗るのはやめたようだが、時々周りの制止を振り切って海へ出ている。死ぬなら海だと自分で笑っているから、年を自覚してはいるようだ。
庭へ出ると真悟を筆頭に男子が集まって水鉄砲で遊んでいる。水鉄砲と言っても種類は様々で、メインの得物は両手で抱えた大きなもの、ちょっとしたサバイバルゲームだ。但し全身濡れているのを見ると、全員何度か死んでいる。そのそばで日傘を差し、つまらなさそうにそれを見ていた真緒が佳主馬に気づいた。濡れた日傘を投げて駆けてくる。
「ねぇ佳主馬兄、どっか行こうよ」
「今日はだめ。多分出させて貰えないよ、まだ人増えるし」
「え~!だってつまんないんだもん、男子はバカだし!」
「うちのと遊んでやってよ」
「チビさんたちはみーんなお昼寝。スイカ食べたらバタンキューよ」
「……真緒、いくつだっけ」
「15!」
「そっか……」
真緒ぐらいの年は、確かに上田に来るのは億劫だった。もうどういう繋がりなのかわからない親戚が入れ替わり立ち替わり顔を出し、思春期の子どもに無粋な質問を投げかけたりからかったりする。他人の自慢話に興味はないし、大人たちに押しつけられる子どもたちの世話も煩わしかった。それでも佳主馬が毎年顔を出したのは、親戚でもないのに呼び出されては律儀に訪れる健二がいたからだ。
真悟が13歳。彼らがはしゃぐ姿と比べると、自分はかわいげのない子どもだったのだろう。
「……じゃあ、明日」
「ほんとっ!?」
「昼間なら大丈夫だと思うから買い物でも行こう。僕も銀行に用があるから、そのついででよかったら」
「いい!それでいい!」
ぱっと顔を明るくした真緒が腕にしがみついてくる。約束ね!はしゃぐ声に頭を撫でて応えた。距離を保つため、精一杯子ども扱いをしているつもりだ。母親たちの悪意のない会話を思い出す。真緒ったら佳主馬くんが来るって知った途端上田に行くの決めたんだから。そういえば昔佳主馬と結婚できるのかって真剣に聞いてきてたわねえ。自分の世界が思っているよりも狭いということに、佳主馬が気づいたのは最近だ。真緒にそれをどう伝えたらいいだろう。
「佳主馬今は何してるの?」
「裏に金網取りに行くんだ。万助じいちゃんがまたイカ持ってくるよ」
「またぁ~?」
嫌そうな顔の真緒と別れる。真緒はまた日傘を差した。否応なしに大人になる。佳主馬はそれをよく知っている。年上に恋をしてしまうと余計に早くなるのだ。――暑い。何年か前なら、自分も水鉄砲を手にしたかもしれない。
しまいこんであった金網は埃をかぶっていた。去年片づけた誰かが大雑把だったのだろう。せめて今年は片づけも自分がやろう。来年これを用意する誰かが見本にできるように。きっとそれは佳主馬ではない。洗い流してもらうために水の飛び交う戦場へ向かうと、真緒の姿はなかった。げらげらと笑っている声を聞くと、恐らく彼らが何かしたのだ。要件を頼む前に佳主馬は標的にされ、網より先にずぶ濡れになった。
*
陣内家の大人たちは意地が悪かった。家族揃っての夕食の場で、何か言うことがあるんじゃないか、と振ったのは理一だ。改めて言わずとも優秀なネットワークで全員が知っているというのに。途端に顔を真っ赤にした健二に一同は笑いを我慢したりはしない。あの、えっと、もじもじと言葉を濁す健二のせいで乾杯の合図がないので、佳主馬は先に飲み物に口を付けた。万助に見つかって頭を叩かれる。健二の隣の夏希は目をきらきらさせて健二を見ていた。当事者の癖に意地が悪い。意を決したように健二が顔を上げる。
「夏希さんと結婚します!」
わっと食卓が湧いた。畳に倒れ込んでうなだれている翔太以外は、ふたりに拍手を贈る。膝に乗った妹がにこにこと、嬉しそうに佳主馬の腕をとったので笑い返した。結婚式は未定だが、この子は楽しみにしている。夏希がベールを持ってもらうと約束したからだろう。
「でも僕はまだ学生です」
健二の声が思いの外響く。ぴたっ、と静かになった場に焦り、健二が途端にしどろもどろになった。
「だから、その……まだ、形だけなんですが」
健二がびくりとして夏希を見る。きっと机の下で手でも触れたのだ。
「……えっと、……改めて、よろしくお願いします……」
なんだそりゃ!翔太の叫びに再び笑いが起こる。へらっと笑って誤魔化そうとする健二に夏希がグラスを持たせた。よっしゃ!と万助が立ち上がる。
「乾杯だ!ふたりの門出に!」
「「乾杯!」」
妹とグラスをぶつける。中身は烏龍茶だったが、一口飲むとすぐさま太助にグラスごと奪われた。はい、と渡されるのは空のグラスで、ビール瓶が傾けられる。悪い大人からアルコールを頂戴し、すぐに瓶を受け取って注ぎ返した。あー、いけないんだー。からかう妹に内緒にして、と返す。来年には成人するから一緒だ、と大人は大雑把なことを言う。
「ねえお婿さん、プロポーズの言葉はなんだったの?」
「ええっ!?や、それは、その」
「ほら飲め」
「あっ、いやあんまり強くないんで」
「いいから!」
「もったいぶらないで教えなさいよ」
「そういえば佳主馬、聞いたって言ってなかった?」
「……聞いたけど」
「か、佳主馬くんっ」
「……『あなたを一生守ります』」
「わぁぁっ」
真っ赤になった健二が立ち上がる。流石に恥ずかしいのか、夏希は台所手伝ってくる!と逃げ出した。どうせあっちでも、母親たちにからかわれるに違いない。佳主馬を止めようとする健二はすぐさま屈強な男たちが捕まえた。健二がかなうはずがない。
「『ずっとあなたの側にいます』」
あの日。迷いは微塵も見せず、健二は夏希の両手を取った。正面に立つ夏希を真っ直ぐ見据えた瞳。ずっと、焦がれていたもの。耳まで赤くなっていたのは夏希だった。赤くなったのは、昔自分が同じ行動をしたことがあったから、だったらしい。
「『僕と結婚して下さい』」
「やめてぇぇぇ」
畳に沈められた健二が情けない声を出す。大勢の歓声や口笛から耳を塞いで、小さくなった。佳主馬くんひどい、笑い声に混ざってそんな言葉が聞こえてくる。ひどいのはどっちだ。
「僕の目の前でプロポーズする健二さんが悪い」
「あんた時々すごい大胆よねー」
「男らしくていいじゃねぇか!」
「ばあちゃんが選んだ最後の男ってわけだ!」
「まーそれを考えたら今更よね~」
「んで?ベビーは?」
「でっ、ですから、僕は学生ですし」
「作り方ちゃんと知ってんのかぁ?」
「なっ……!」
まだ酔いもしてない大人たちの絡みは生々しい。子どもがいるんだからやめてよね、騒ぎながらも聞き耳を立てているだろう真悟たちを見ながら母親が顔をしかめる。こっちには6歳がいる。すぐに注がれるのでなかなかグラスを空にできない健二は助けを求めるようにこっちを見たが、助けてやる気は起きなかった。
「翔太も諦めなさいよ、あんた彼女いるんでしょ」
「それとこれとは話は別だ!かわいい夏希をこんな頼りない奴に渡していいのかよ!」
「あんたよりは頼りになるわよ」
「彼女カワイソ~」
「佳主馬は浮いた話聞かないわね。ほんとは彼女いるんでしょ~?」
「いないよ。いらないし」
「女はいいぞー!」
「理一さんが先でしょ」
「俺?もう今更だろ」
「理香さんだって結婚したじゃん」
「しかも15も年下とね!」
「5年も前の話持ち出さないでよね!」
「今日はその旦那は?」
「部下の尻拭いしてるわよ。明日は休みだから来るだろうけど」
「そういえば侘助、帰ってきてるんだって?」
「明日には上田に着くみたいよ」
「あいつ夏希の結婚に地味~にショック受けてたからな~。健二くん気をつけなよ~?」
「ええ~……」
顔が真っ赤なのはアルコールのせいかもしれない。トイレ、と小さく訴えた妹について立ち上がった。彼女はまだこのうちが怖い。歴史のある甲冑は視界に入れないし、軋む廊下を夜一人で歩けない。優しい体温の手を握り、帰りに台所の母親に預けた。ここでも予想通り夏希が台所担当の女性陣に囲まれて真っ赤になっている。
「結婚式いつ挙げるの?」
「あ~……まだわかんない。ていうか、健二くんは約束だけでいいって言ってたんだけど、あたしが籍は入れるって言い張っただけだからノープランで」
「まぁねぇ、健二くんにしてみれば養えるわけじゃないし」
「あたしが支えていくからいいの!」
「心配しなくても健二さんは夏希姉ぐらいしか相手いないよ」
「ぐらいって何よ!」
つまみ食いの合間に思わず口を挟む。余計なこと言ったな、眉を寄せると夏希も同じような顔をしていた。
「健二さんがすごい人だってこと、ほんとに知ってるのはうちの人ぐらいでしょ」
「け、健二くんだって、あれでも結構モテるんだから……教授とか、教授とかに」
「それ何のフォローにもなってないし。いいじゃん、ライバルいないんだからさ」
夏希と視線を合わせられない。追加のビールを渡されていたので、持ち直して宴会場へ戻る。いつの間にか万助の語りが始まっていた。ご先祖様の話も交えた、あの夏。その隣に移動している主役はさっきより少し落ち着いている。緩く微笑む頬は薄赤い。あの頬に触れたいと思い、何年か過ぎた。テーブルにビールを配り空いている場所に座る。
「佳主馬、明日真緒と出かけるんだって?」
「ちょっと行くだけ。墓参り午前中に行くでしょ、終わってから出るよ。真緒借りるね」
「ごめんな~、どうせあいつがわがまま言ったんだろ」
「僕も用があるんだ。ひとりで行くと運転中眠くなりそうだし。あ、翔太兄車借りていい?」
「俺の?」
「女の子エスコートするのに軽トラは乗れない。」
「高いぞ」
「誰かディーラー紹介したと思ってんの」
「……だってお前、免許先月とったばっかだろ」
「だからこそ安全運転は保証する」
「わーったよ!汚すなよ」
「どうも」
聞き耳を立てていた真緒と目が合った。恥ずかしそうに笑ったかと思えば、ぴっと立ち上がって部屋を出ていく。女はすぐに台所に逃げるなぁ、少し寂しそうな父親にビール瓶を傾けた。
「しかし夏樹が結婚か~、俺も老けたわけだ」
「油断してると真緒もそのうち彼氏連れてくるよ」
「!」
「僕じゃないからその顔やめて」
「改めて言われると余計怖いよ」
「恋愛とかしてらんない」
「お前普段何してんの?」
「勉強」
「侘助と同じ道辿ってるな」
げらげら笑う酔っぱらいにつきあって笑い飛ばす。今日は酔える気がしなかった。
*
静かになった縁側でワインを傾ける。と言っても手にあるのは湯呑みで、そばにボトルがなければ何を飲んでいるのかわからなくなりそうだ。舌は麻痺しているのに頭の芯はクリアで、立ち上がるのも億劫な体の酔いが頭に回ることを願った。
虫と蛙。夜風が運ぶのは青臭い夏の匂いだ。むせ返るような昼間の暑さを忘れさせる涼しさに身をゆだね、同時に熱が冷めないようアルコールを摂取する。これだけ飲んだのは初めてだ。うちの人間はお酒は18からだと思ってるんじゃないかな、それ以前にも飲まされはしたが、今年は万里子すら咎めなかった。いい顔をしなかったのは母親だけで、父親にいたっては肩を組んで息子と飲むのが夢だったとまで口にしていた。
まだ酒の味はわからない。舌が欲すのはつまみの方で、子どもたちと一緒になって大人から奪っていた。
板が軋む音に反射的に顔を上げ、一瞬で酔いがさめた。佳主馬くん、弱々しい声が名前を呼ぶ。佳主馬くん、などと呼ぶのはこの人だけだ。ほのかに頬を染めた健二は今にも崩れんばかりの歩みで近づいてきて、重そうな音をさせて隣に座った。
「こんなとこにいたんだ。納戸かと思ってた」
「……ずっとここにいたよ」
「それ、一口ちょうだい」
奪われる湯呑みをそのまま渡す。言葉通り一口含み、健二の体がびくりとした。
「……予想外……視覚マジック……」
「太助おじさんがくれた」
「それ何?」
「ワイン」
「お酒か。お茶に見えたから裏切られた」
へらへら笑う健二がら湯呑みを受け取る。この様子だと大人たちから逃げた翔太や了平につき合わされ、赤裸々な告白でもさせられていたのだろう。それぐらいの予想はつく。
「……夏希姉は?」
「寝ちゃったみたい。もうほとんどみんな寝てるよ」
「健二さんも早く寝なよ。明日墓参りで午後からまた人増えるから、きっと昼間から飲まされるよ」
「えっ!あ、そういえば去年も……」
「今年は健二さんたちが主役扱いされると思う」
「まいった、なぁ……」
語尾があくびで消える。寝なよ、声をかけたが楽しげに笑うだけだ。頭が傾いで佳主馬の肩に当たる。優秀なコンピューターの詰まった丸い頭は熱を持ち、ぞわりと鳥肌が立った。
「いろいろつき合わせてごめんね」
「何が」
「だからその、プロポーズのときとか……」
「ほんっと、ムードとか何にもなかったよね。公園だったし。そもそも僕の目の前だし。夏希姉じゃなかったらふられてるよ」
「はは……もうやめて……」
「……眠いなら寝なよ」
「うん」
「ここじゃなくて布団で寝てよ」
「うん」
いい返事の割に健二は動かない。湯呑みを縁側に起き、手のひらを前であわせる。麻痺したような両手は、無力だ。
「……健二さん、寝てる?」
「うん」
「ほんとに寝てる?」
「うん」
「……」
心臓が鳴る。口の中が乾いていた。
「好きです」
「うん」
「今までも、これからも」
「うん」
「好きです」
「ありがとう」
2010/10/01 妄想 Trackback() Comment(0)
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